【結論】 「国の借金は国民の借金」という表現は、会計的に見て正確ではない。国債とは政府の負債であり、それを保有する側にとっては「資産」に他ならない。「1人あたりの借金」というレトリックは、家計と国家財政を同列に扱うことで生まれる誤解だ。ただし「だから無限に発行できる」という話でもない。金利上昇局面に入った今、庶民が知るべき数字の実態と防衛策を整理する。
「国民1人あたりの借金」という言葉の罠
「国民1人あたりの借金」という表現は、借り手である「政府」と、国債を保有する側である「民間」の立場を混同させる表現である。
まず最新の数字を押さえる
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| いわゆる「国の借金」(2026年6月末) | 1,346兆6,833億円 |
| うち普通国債残高 | 1,110兆8,839億円 |
| 国民1人あたり(単純計算) | 約1,080万〜1,100万円 |
| 2026年度末の見通し | 1,492兆円 |
「1200兆円」という数字を覚えている人も多いだろうが、すでに1,346兆円まで膨らんでいる。
借りているのは政府であって国民ではない
ここで冷静に考えてほしい。借金をしているのは「日本国政府」であって、「日本国民」個人ではない。
あなたが銀行から1,000万円を借りたとき、その1,000万円はあなたの「負債」だが、銀行にとっては「資産」だ。国債もこれと同じである。政府が国債を発行して資金を調達すれば、それは政府の負債になるが、その国債を保有しているのは日銀、銀行、保険会社、年金基金などだ。銀行が国債を買う原資は我々の預金であり、間接的には我々の資産が国債という形に変わっているとも言える。
物流現場でいえば、荷主から預かった荷物を「自分の持ち物だ」と勘違いするようなものだ。実務上、あり得ない論理の飛躍である。
ただし公平に言えば、「1人あたり」という表現には別の意味もある。将来の増税や社会保障の削減という形で、最終的に国民が負担する可能性を示唆する見方だ。この点は後述する。
国債の正体は「政府の負債」と「民間の資産」
国債とは、政府が資金を調達するために発行する債券であり、複式簿記の観点では「政府の負債」と「保有者の資産」が必ず対になっている。
政府が国債を発行して100兆円の赤字を出したとき、その100兆円は誰かの懐に入る。政府がインフラ整備や給付金で支出すれば、その金は企業や家計の収入になるからだ。「政府の赤字は民間の黒字」という関係は、会計上の恒等式として成り立つ。
【要注意】保有構造は変わりつつある
ここで、多くの記事が古い数字のまま止まっている点を正しておきたい。
日銀の政府債務保有比率は約37.9%(2026年4月時点)である。「日銀が国債の約50%を保有している」という記述は、異次元緩和のピーク時の数字だ。日銀は2024年3月にマイナス金利とYCC(イールドカーブ・コントロール)を解除し、その後は国債買入を減額する量的引き締め(QT)局面に入っている。
また、国債の海外保有比率も緩やかに上昇している。「ほぼ全額が国内で消化されているから安全」という説明も、以前ほど強い根拠にはならなくなった。
【重要な訂正】対外純資産は世界3位に後退した
そしてもう一つ、この議論でよく引用される数字が変わっている。
日本は2023年末まで33年連続で世界最大の対外純資産国だったが、2024年末にドイツに、2025年末には中国に抜かれ、現在は世界3位である。
| 順位 | 国 | 対外純資産(2025年末) |
|---|---|---|
| 1位 | ドイツ | 675兆5,374億円 |
| 2位 | 中国 | 636兆3,391億円 |
| 3位 | 日本 | 561兆7,504億円 |
日本の対外純資産額そのものは7年連続で過去最高を更新している。順位低下はドイツと中国の伸びが上回った結果だ。とはいえ、「日本は世界一の債権国だから財政は盤石だ」という説明は、もう事実として使えない。
なお、対外純資産の大半は民間企業や個人が保有するもので、政府が自由に使える財源ではない。「対外純資産があるから財政赤字は問題ない」という論法には、この点でも無理がある。
物流業界25年で見た「借金」と「投資」の本質
物流現場においてトラックのローンが「稼ぐための武器」であるのと同様に、国家における国債も、適切な投資であれば経済を回すエンジンになり得る。
私は物流業界に25年身を置いてきたが、借金そのものを悪とする経営者は一人もいなかった。1,500万円の大型トラックをローンで購入したとする。帳簿上は1,500万円の負債だが、そのトラックが年間500万円の利益を生み出すなら、それは「良い借金」だ。借金を恐れてトラックを買わなければ、会社は成長せず、最終的には競合に負ける。
国家財政も似た面がある。老朽化した橋や道路の修繕、教育投資、こうしたものを「借金が増えるから」という理由だけで削れば、将来の生産性が落ちる。物流網が劣化すれば輸送効率が下がり、あらゆる商品の価格に跳ね返る。
ただし、トラックの比喩には限界もある。 借りた金が本当に「稼ぐ資産」に化けているかどうかが問われるからだ。稼働しないトラックを何台買っても、負債だけが残る。国債で調達した資金が、成長につながる投資に使われているのか、それとも単なる消費で消えているのか。この検証を抜きに「借金は問題ない」と言うのは、私の現場感覚では雑すぎる。
財政破綻論の論点整理
「日本は財政破綻する」という主張と「破綻しない」という主張は、長く対立してきた。ここは見解が分かれる領域なので、両論を整理しておく。
破綻しにくいとされる根拠
- 自国通貨建てで発行している:ギリシャ危機は自国通貨(ユーロ)の発行権を持たなかったことが背景にあった。日本は円を発行できる
- 国内保有比率が高い:海外投資家の売り浴びせによる急激な混乱が起きにくい
- 統合政府の視点:政府と日銀を一体で見れば、日銀保有分の国債は連結上相殺される
それでも警戒すべき論点
一方で、以下の反論も無視できない。
- 金利上昇のリスクが現実化している:日銀は2026年6月に政策金利を1.0%まで引き上げ、長期金利は一時2.5%を超えた。金利が上がれば利払い費が膨らみ、予算を圧迫する
- 日銀は金利を抑え込む局面にない:YCCは撤廃され、国債買入も減額中だ。「日銀が金利を抑えられる」という前提は現在の政策と整合しない
- インフレは実質的な負担:通貨を増発すれば負債の実質価値は減るが、それは物価上昇として国民が負担することを意味する
実務家として言えるのは、「破綻するかしないか」という二択で考えるのは思考停止だということだ。デフォルト(債務不履行)と、インフレや増税による実質的な負担増は、別の話である。前者は起きにくくても、後者はすでに起きている。
我々庶民が取るべき実務的な防衛策
国債の仕組みを正しく理解した上で、インフレによる購買力の低下に備えた資産防衛を行うことが重要である。
「国債は借金ではないから安心だ」と手放しで喜ぶのは早計だ。政府が直接的な「借金返済」をしなくても、インフレによって負債の実質価値が目減りするという調整は起こり得る。これは国民から見れば、静かな負担増と同じ効果を持つ。現金だけを抱えていると、気づかないうちにその購買力が減っていく。
我々が取るべきアクションは3つだ。
- 一面的な報道に流されない:「1人あたりの借金」という表現も、「国債はいくら出しても問題ない」という主張も、どちらも一面的だ。数字の出所と前提を確認する習慣を持つこと
- 円以外の資産を持つ:新NISAなどを活用し、全世界株式や米国株式のインデックスファンドに資産の一部を振り分ける。ただし現在は約40年ぶりの円安水準にあるため、一括ではなく積立で時間を分散するのが実務的だ
- 金利上昇を家計に織り込む:金利のある世界に戻った。変動金利で住宅ローンを借りているなら返済額の上昇を試算し、逆に預金は年0.4〜1.0%台の高金利口座へ移す。守りと攻めの両面で調整が必要になる
物流の現場でも、燃料高騰のリスクには「サーチャージ」という形で防衛策を講じる。それと同じで、個人の家計においても、政策変更というリスクに対して自分なりの備えを持っておく必要がある。
よくある質問(FAQ)
Q1:国債が増え続けると、将来的に金利が暴騰して経済が崩壊しませんか?
かつては「日銀が金利を抑え込める」という説明が成り立ったが、現在はYCCが撤廃され、日銀は利上げ局面にある。実際、長期金利は一時2.5%を超えた。急激な暴騰は各種の政策手段で抑制され得るものの、「金利は上がらない」という前提はもはや置けない。金利上昇は利払い費の増加を通じて財政を圧迫するため、注視すべきリスクだ。
Q2:それでも「借金」という名前がついている以上、いつかは返さないといけないのでは?
国家財政は個人の借金のように「完済」を目指す運営はしていない。償還期限が来た国債は、新しい国債を発行して借り換える(借換債)のが各国共通の実務だ。重要なのは残高の絶対額より、GDP比の債務残高が安定または低下しているかという点になる。ただし日本のGDP比債務残高は主要先進国で最も高い水準にあり、この比率をどう下げるかが論点であることは事実だ。
Q3:国債を買い支えている銀行が倒産したら、私たちの預金はどうなりますか?
預金保険制度(ペイオフ)により、1金融機関につき元本1,000万円とその利息までが保護される(決済用預金は全額保護)。なお、金利上昇局面では銀行が保有する国債に評価損が生じる点は指摘されている。ただし満期保有目的なら損失は実現しないため、直ちに経営危機に直結するわけではない。
Q4:「国の借金」の報道が毎回同じなのはなぜですか?
財務省が四半期ごとに「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」を公表しており、それを報じているためだ。統計そのものは中立的な数字で、問題は「1人あたり」という換算方法にある。同じ数字でも、GDP比、利払い費の対税収比、金利水準との比較など、見方を変えれば違う姿が見える。一つの指標だけで判断しないことが重要だ。
Q5:結局、財政について庶民はどう考えればいいですか?
「破綻する/しない」の論争に決着をつけることは、専門家でも難しい。庶民にとって実務的な問いは別にある。**「自分の資産は、円の価値が下がっても持ちこたえられるか」**だ。円建て預金に偏っていないか、金利上昇に耐えられる借入水準か、収入はインフレに連動しているか。この3点を点検することが、どちらの立場が正しいかを議論するより現実的な防衛策になる。
まとめ
「国の借金は国民の借金」という表現は、会計的に見て不正確だ。国債は政府の負債であり、保有する側にとっては資産である。家計と国家財政を単純に同列で語ることには無理がある。
だが同時に、「だから問題ない」と言い切るのも雑だ。対外純資産は世界3位に後退し、日銀は国債保有を減らし、金利は上昇局面に入った。前提条件は数年前とは明確に変わっている。
我々庶民ができるのは、煽り文句にも楽観論にも流されず、冷徹に数字の前提を確認し、自分の資産をどう守るかを考えることだ。経済の仕組みを正しく理解することこそが、最大の資産防衛になる。
この記事を書いた人:野良FP 物流・トラック業界で25年働きながらFP資格を取得。現場労働者の目線で、きれいごと抜きの資産形成・保険・家計の実務知識を発信している。机上の空論ではなく、限られた時間と収入の中で「庶民が実際に何をすべきか」にこだわる。
※本記事は2026年7月時点の情報に基づく一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の勧誘や個別の助言を行うものではない。財政政策や国債をめぐる評価には専門家の間でも見解の相違がある。本記事は特定の政治的立場を推奨するものではなく、数値は財務省・日本銀行等の公表資料に基づく。最新の数値は各機関の公式発表を確認してほしい。

